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zoom RSS 「杯」 森鷗外

<<   作成日時 : 2010/11/11 12:04   >>

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温泉宿から滝へと向かう道の途中
で泉が湧き出ている。
そこへ七人の娘たちがやってくる。
娘たちはそれぞれ大きな銀の杯を
手にしている。銀杯には『自然』と
いう文字が《妙な字体で》書かれて
いる。娘たちは銀の杯で泉の水を
かわるがわる飲む。
そこへ八人目の娘がやってくる。
彼女は七人の娘よりも背が高く、
年の頃も十四五で、他の娘たちよ
りも二つ三つ上である。
また、黄金色の髪と琥珀色の顔と
青い目を持っている。どうやらハー
フのようである。
第八の娘は自分の杯を取りだす。
小さな杯で、冷めた溶岩のような
色をしている。
第八の娘が自分の杯で泉の水を
酌もうとすると、七人の娘はびっく
りする。それは予想外の行動だっ
た。どうやら自分たち専用の泉だと
思っていたかのようだ。
七人の娘たちは、突如現れた異分
子に対して、警戒感と不快感を抱く。
第八の娘の杯を批判し、酷評し、挙
句には自分の杯を貸そうと申し出る。
《「わたくしの杯は大きくはございませ
ん。それでもわたくしはわくしの杯で
戴きます」》とフランス語で答える。

群れないという個人主義はかっこいい
のですが、洋行帰りのいやらしさはど
うにもなりません。
泉の水が文学の真髄だとするなら、杯
は方法論、またはスタイル、さらには文
学に対峙する際の作家の態度と言える
でしょう。では肝心の芸術作品といえば、
これは娘自身に他なりません。娘が作家
のメタファーと考えるのは、どうみても変
です。
黒いリボンで結んだ黄金色の髪、琥珀の
ような顔、サントオレアの花のような青い
目、・・・悪くないですね。ただわけがわか
りません。
《森鷗外》という筆名は素敵ですが、作品
のほうはどうもイマイチピンときません。
これも比喩なのでしょうか。

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